「密閉された船内」で新型コロナはどこまで広がったのか

2020年横浜港に停泊したクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号で起きた新型コロナの集団感染。 感染者数の推移を数理モデルで解析したところ、船内での感染の勢いは 通常の社会よりもはるかに大きく、そして「検疫」によって確かに抑え込まれていったことが見えてきました。

🦠 感染症数理モデル・公衆衛生
Mizumoto K. & Chowell G.(2020)
Infectious Disease Modelling, 5, 264–270
ダイヤモンド・プリンセス号の集団感染を読み解く

「密閉された船内」で
新型コロナはどこまで広がったのか

2020年2〜3月、横浜港に停泊したクルーズ船で起きた集団感染。 感染者数の推移を数理モデルで解析したところ、船内での感染の勢いは 通常の社会よりもはるかに大きく、そして「検疫」によって確かに抑え込まれていったことが見えてきました。

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ピーク時の実効再生産数
(1人が平均で何人にうつすか)
0
船内にいた
乗客・乗員の総数
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検疫後・最新時点の
実効再生産数(1.0未満まで低下)

この研究でわかったこと

ひとことで言うと

逃げ場のない「密閉空間(クルーズ船)」では、新型コロナの感染の勢いがピーク時に約11にまで達し、 当時の中国やシンガポールなど一般社会での値(およそ1.1〜7)を上回っていました。 しかし2020年2月5日に日本政府が船内検疫(乗客を客室にとどめる措置)を始めて以降、 感染の勢いは大きく下がり、最新時点では1.0を大きく下回る0.35に。 これは「船内で新たな大規模流行が再び起きる可能性は低い」ことを示しています。 密閉環境が感染を増幅させること、そして隔離措置が効果を持つことを、数字で裏づけた研究です。

かんたん用語解説

この記事を読むためのキーワード

実効再生産数 (じっこうさいせいさんすう・Rt)

1人の感染者が、平均して何人に感染を広げるかを表す数字。1.0より大きいと感染は拡大し、1.0より小さいと縮小していきます。この研究の主役となる指標です。

検疫 (けんえき)

感染症を持ち込ませない・広げないために、人の移動や接触を一時的に制限する措置。船内では乗客に客室待機を求める形で行われました。

無症状感染 (むしょうじょうかんせん)

感染しているのに、せきや熱などの症状が出ない状態。船内では特に高齢の年代で無症状の割合が高く、感染に気づきにくいことが課題になりました。

次世代行列 (じせだいぎょうれつ・NGM)

「誰から誰へ」感染がどれだけ伝わるかを表にまとめ、感染の広がる勢いを計算する数学の手法。乗客・乗員それぞれの感染パターンを分けて分析できます。

3つの主要な発見

数理モデルが明らかにしたこと

密閉空間では感染力が桁違いに大きかった

船内のピーク時の実効再生産数は約11(最大推定11.2, 95%信頼区間:7.5〜16.2)。当時の中国やシンガポールの一般社会(およそ1.1〜7)を大きく上回りました。新型コロナ流行初期での逃げ場のない特殊な環境が感染を増幅させたと考えられます。

ピーク Rt ≒ 11.2

検疫で感染の勢いは下がった可能性が高い

2月5日に客室待機を中心とした検疫が始まると、感染の勢いは段階的に低下。最新時点の実効再生産数は0.35まで下がり、1.0を超える推定はわずか2%。再流行の可能性は低いと示されました。

最新 Rt = 0.35

感染の主役は「乗客どうし」だった

感染経路を分けて見ると、乗客から乗客への伝播(中央値5.6)が圧倒的。客室待機でこの経路が抑えられた一方、隔離された乗客に対応した乗員へと、感染の中心が次第に移っていきました。

乗客→乗客 が最大の経路

データで見る

数字を図にすると、何が起きていたかが見えてきます

① 船内 vs 一般社会:感染の勢い(実効再生産数)の比較

値が大きいほど、1人の感染者がより多くの人へ感染を広げることを意味します。

ダイヤモンド・プリンセス号(ピーク・乗客) 12.1
ダイヤモンド・プリンセス号(ピーク・全体) 11.2
中国・シンガポールなど一般社会(上限) 7.0
中国・シンガポールなど一般社会(下限) 1.1
0実効再生産数(Rt)12

② 検疫の前と後:全体の実効再生産数の変化

客室待機を中心とした検疫の前後で、感染の勢いは大きく低下しました。

約11
最大推定11.2
(95%信頼区間:7.5〜16.2)
ピーク時(2月7日ごろ)
感染が急拡大していた時期
0.35
最新時点(2月18日)
1.0を大きく下回り収束へ

③ 「誰から誰へ」うつったか:感染経路別の勢い(期間中央値)

乗客どうしの感染が突出していたことがわかります。P=乗客、C=乗員。

乗客 → 乗客5.6
乗客 → 乗員0.6
乗員 → 乗客0.5
乗員 → 乗員0.5
0実効再生産数(中央値)5.6

④ 航海と感染対策のあゆみ

出航から検疫終了までの主な出来事(航海日と日付)。

1月20日航海1日目
横浜港から出航

のちに感染が確認される最初の乗客(指標症例)が乗船。

1月25日航海6日目
香港に寄港・最初の乗客が下船

この乗客は香港で下船後に陽性が判明します。

2月1日航海13日目
最初の乗客の感染が確認される

この前後から船内で感染が急増していきました。

2月5日航海17日目
★ 14日間の検疫開始(午前7時)

船内で陽性者が確認され、乗客は客室での待機を要請されました。感染の勢いが下がる転換点に。

2月18日航海30日目
検疫終了

この時点の実効再生産数は0.35。再流行の可能性は低いと推定されました。

逃げ場のない密閉空間では、新型コロナの感染の勢いが通常の社会の何倍にも膨れ上がる。 だからこそ、人と人との接触を断つ「隔離」が、流行を抑えるうえで決定的な意味を持つ—— この研究は、それを数字で示しました。

社会への示唆と、わたしたちにできること

この研究が伝えてくれること

密閉空間では「換気・手洗い・距離」が基本研究が示す教訓を、日々の暮らしに

社会・政策への示唆

  • クルーズ船・病院・施設など「密閉された環境」では、感染が一気に増幅されうる。
  • 客室待機のような隔離・検疫は、感染の勢いを実際に下げる効果がある。
  • 一方で、隔離された人に対応する働き手(乗員)へリスクが移る点にも注意が必要。
  • 無症状の感染者が一定数いるため、症状だけでの判断には限界がある。

読者のあなたにできること

  • 換気の悪い密閉空間では、長時間の密集を避ける・こまめに換気する。
  • 体調がすぐれないときは、早めに人との接触を控える。
  • 症状がなくても感染している場合があると意識して行動する。
  • 感染が広がりやすい場では、距離をとる・マスクなど基本対策を心がける。

論文情報

出典・調査概要

タイトル
Transmission potential of the novel coronavirus (COVID-19) onboard the Diamond Princess Cruises Ship, 2020
著者
Kenji Mizumoto(水本憲治), Gerardo Chowell
掲載誌
Infectious Disease Modelling, 第5巻, 264–270ページ(2020年)
DOI
10.1016/j.idm.2020.02.003
調査概要
横浜港停泊中のダイヤモンド・プリンセス号(乗客・乗員3,711人)で2020年1〜2月に発生した集団感染について、発症日が判明している197人の症例の時系列データを用い、ベイズ統計(MCMC法)と次世代行列によって実効再生産数の時間変化を推定した数理モデル研究。発症間隔は平均7.5日・標準偏差3.4日のガンマ分布を仮定。
ライセンス
オープンアクセス(CC BY-NC-ND 4.0)